2021年02月4日

十月桜の思い出

※山なし落ちなしです。読む価値なしです。


去る冬の出来事。
昼過ぎ早々に野暮用を終えた私は上野駅で暇を持て余していた。もう用は済んだから群馬に帰っても良いが、折角東京まで来たのにとんぼ返りは勿体ない。しかし特段観光したい場所もなく、上野駅構内の店を見て回るも食指は動かない。近くの博物館で面白い企画展でもやってないかと検索するも目ぼしいものは無かった。
まだ帰りたくないが何にもやることもない。ただやはり遠出した実感を得たくて、何となしに公園改札を出て外を歩くことにした。北関東の人間にとって上野駅は東京の玄関口、なので今更目新しさはなく、何度も行ったことのあるアメ横は買うものもない。用はないけどけど歩こうかと、行き先の定まらない足は何となしに恩賜公園に向かっていた。冬の公園は物寂しく、樹木は落葉し、地面も枯れた色をしている。行き交う人たちはいかにも冬らしい、黒っぽい暗いコートやダウンばかり着ている。私は歩みを止めて空席だらけのベンチに腰かけて、ふと公園の人たちに目を向けた。平日のビジネスマンは早足で過ぎ去って行き、お上りの観光客はカメラを片手に閑散とした公園を暇そうにぶらぶらしている。平日の観光地は日常と非日常は交錯する。両者の時間の流れのギャップに微笑ましさを覚えた。
今の私は用の無い道楽者。時刻は14時、何もせず終えるには早いが何かを始めるには少々遅い。しかし結局やることもなく時間だけが無意義に過ぎ去っていく。だが、たまにはそれも良い、時間の流れの早い都会で暇をもてあそぶのも贅沢なもんだ、と自分に言い聞かせ、浮浪者のような自分の正当性を必死に繕っていた。
しかし急がないことで見えるものもあるようで、枯木ばかりの公園で小さな花が慎ましやかに咲いているのに気が付いた。ベンチを立って近付くと桃色の桜が咲いていた。桜の季節とは真反対の冬だが、桜の木に巻かれたネーププレートを見ると「十月桜」と書かれていた。なるほど10月に咲く桜で十月桜ね。しかし今は2月初旬、枝先の桜は弱弱しく終わりかけと言ってよい。しかし、物寂しい冬の公園で辛抱強く淡い桃色の花を咲かすこの十月桜がまるで砂漠のオアシスのような救済を覚える。暇なのをこれ幸いと、桜の花びらの一つ一つをじっくり観察した。春のソメイヨシノとは違って花びらは細くて疎らで寂しい。十月桜の幹は5本程度だろうか、他の人は見向きもされない時期外れの散りかけの桜が私には愛おしく思えた。
「きれいですね」
急に背後で声が聞こえた。振り向くと松野明美のような小柄な婦人が桜を眺めていた。一人で見ていた筈の桜の見物客は気付かない間に二人になっていたようだ。婦人は続ける。
「どうして冬に桜が咲いてるんですか?」
どうやらこの人はあまり花に詳しくないようだ。にしても、花を見ながら居合わせた人と世間話をすることはあっても花についての知識を求められたことはない。多くの場合は外の人間から共感を得たいか、または単に自分の蘊蓄を語りたい人かだ。今回はそのどちらでもなく、なぜ桜が咲いているかという疑問を私に向けてきた。しかし私だって暇を持て余す道楽者、桜が咲いていたから何と無しに眺めているだけであって花について造詣が深い訳ではない。
「十月桜って言う、秋に咲く桜みたいですね」
私はネーププレートに書いてあった精一杯の知識を披露した。更に何か聞かれても答えられないぞと恐々としていたがそれ以上の追及はなかった。婦人はただ一言。
「きれいですねぇ」と言う。
少しの無言の間が続いた。普段なら気まずさを抱いたかもしれないが、私も、そして婦人も暇してるのだろうか、無言の間を特別気にすることなく、我々はぼやっと桜に目を向けていた。間を空けて私はポツリと答える。
「もう散りかけだけど、きれいですね」
大半のはなびらは散り去って、残されたガクは野暮ったく紅色に垂れている。枯れ木のような細い枝先に、僅かに残る桃色の桜の花。盛大ではないものの色味がない冬の寂しい公園に力の限り精一杯咲く様子に、心から「きれい」と思った。
それから婦人とはほんの少しの世間話をした。友人に会いに東京に来たらしく、何となく恩賜公園を歩いてみたという。私も東京で用を終えて、何となく恩賜公園を歩いていた事を話した。案外、自分と同じで意味もなく散歩する道楽者も居るもんだと、そして暇つぶしの極みのような今の時間も悪くないと思えた。
話の頃合いを見て私は婦人とは別れた。私は旅先で出会った人と別れるときは「お気をつけて」を別れの挨拶にしているが、この時の婦人への別れの挨拶も「お気をつけて」だった。たぶん、この時間が無駄な時間潰しでなくてあたかも旅での情景の一コマのように思えたのだろうか。時期外れの桜を見て思った自分の独りよがりの感情は、婦人の「きれいですね」の一言で途端に正当化された。私の当てのない平日の公園散歩も意味があったと思えた。その言葉で私は報われた気がして、満足な心持ちで群馬への帰路に就いた。











コメント(2)

1:

yan

:2021/02/08 22:55:59
こう普通にいい話なんですが、振り向いた先の
ご婦人が松野さんか黒柳徹子さんかはてまた
吉永小百合さんのような方が出てくるかで、
各々随分展開が変わったのかもしれないなと思うと
人生とは不思議ですねと思うのでした。



2:

もぎ

:2021/02/09 20:52:27
>>yanさん

読んでくれてありがとうございます!
文章力を強化したら短編小説なんぞを書いてみたいと練習中でございます。

これがボーイミーツガールなら物語が始まりそうですが、もう私はボーイじゃないのでご破算です(笑)
まあ何も起きないからこそ一期一会の出合いで素敵と思います。



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