2019年8月10日

別府湯治の旅⑦
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今日は三泊お世話になった双葉荘を発つ日。起床した私は日課通り炊事場に行き朝食の準備。冷蔵庫にある最後の食材を使って、惚れ惚れするくらいに手際良く地獄窯で肉まんとモヤシを蒸す。そうして作った最後の食事をさっと食べ終え、今まで借りていた食器を綺麗に洗って棚に収める。






部屋も綺麗に片付けた。真っ赤な座布団も、年季の入ったポットも、染みの付いた干草色の壁も、短いながら思い出が詰まった部屋を去るのを寂しく思う。カーテンを開けると見慣れた街並みを見渡せる。窓を開けて天を仰げば広がる青空が今日の出立を歓迎しているように思えた。宿の女将さんに楽しい旅行になったと礼を言い、惜しみながらチェックアウトを告げる。飴色の廊下を歩き玄関に行き、靴を履いて外に出る。玄関の扉を閉めて振り返ると、自宅のような親近感を感じていた宿はすっかり他人の家になってしまった気がした。






鉄輪地区を離れる前に鉄輪最後の入浴、宿の近くの地獄原温泉で朝湯に浸かった。熱々の湯は脳みそを沸騰させて、旅立ちの寂寥の思いは次なる目的地への憧憬に変えていく。バスに乗り込み別府駅を目指す。






別府駅から東に一駅、東別府駅で降りて歩いて数分、別府八湯の最後の一つ、浜脇エリアは東町温泉に入浴した。半地下の大きな浴場に小さな湯舟、朝っぱらから熱い湯を浴びる地元民に交じって私も湯舟に肩を沈める。

別府温泉で入浴した施設をまとめると
 ・別府:竹瓦温泉
 ・鉄輪:双葉荘
 ・鉄輪:谷の湯
 ・鉄輪:鉄輪むし湯
 ・柴石:長泉寺薬師湯
 ・明礬:鶴寿泉
 ・明礬:別府温泉保養ランド
 ・鉄輪:すじ湯温泉
 ・亀川:筋湯
 ・観海寺:向原温泉
 ・堀田:市営堀田温泉
 ・鉄輪:地獄原温泉
 ・浜脇:東町温泉
以上の13種類の温泉に入浴したことになる。念願の別府八湯制覇を終えて別府には思い残すことなし。西の横綱・別府温泉を入った感想を東の横綱・草津温泉を有する群馬県民が言うとすると、「泉質は草津に軍配があがるが総合力では別府が勝る」と言った感想になる。やはり別府の広大さと泉質の幅の広さ、そして町全体が温泉に寄り添って文化を成してる様は温泉県と自称するに相応しく、群馬県民でありながら不満のひとつなく楽しめた私はここ最大限の感謝を書き記したい。






さて、帰りの予定も考えよう。フライトは明後日の11時に博多発の便、つまり今日一日は寄り道しながら博多に移動するだけだ。まずは別府駅から行橋駅に移動し、行橋からは直方行きの平成筑豊鉄道に乗り換える。なぜ日豊本線ではなく筑豊鉄道か、それは私の人生を大きな影響を与えた一冊の本に起因する。 当ブログ、秋の気ままツーリング(二日目)の夜に私が読んでいた本「追われゆく鉱夫たち」、これは昭和30年代における九州地方炭鉱夫の過酷な奴隷労働を筆者自身が鉱夫として実際に体験したルポルタージュであり、地獄の底より凄惨で残酷な事実を生々しく有りのままに紡いでいる。例えば今では世界遺産にもなった長崎端島(軍艦島)も、三菱鉱業の社員やその家族は裕福な暮らしをしていたかもしれないが、最下層である下請けの日雇い人夫は人権を無視したような低賃金と暴力に支配ながら、逃げ出せば躊躇うことなく殺される環境で死ぬより辛い暮らしをしていた。物語の中心は筑豊地方の弱小炭鉱であり、血を売りに行く話とかもう涙なしでは語れないくらい・・。まあ、読書感想文を書いても仕方がないのでAmazonとかで買って読んでください。ともあれ私は衝撃を受けて、著者である上野英信の他の本も貪るように読むに至る。 少々脱線したが、過酷な炭鉱労働の舞台である筑豊炭田をこの目で見たかったのである。ただし弱小炭鉱の大半は今では地図からも消滅し住宅地や公園に変わっていて面影を追うには難しい。一方、大炭鉱は資料館や博物館になっているのでそちらを見学しようと思う。今日は筑豊炭田を巡る旅。






ワンマンの気動車に揺られてゆっくりと北上する。車窓の外の景色は長閑な田畑が広がっている。古地図を見ればこの辺りは炭鉱だらけ、山だって鉱石クズが堆く積もったボタ山ばかり。目的地の田川までは一時間の鉄道の旅。かつての産業に思いを馳せながら車窓の景色は流れゆく。






田川伊田駅のホームは広大な構内にいくつもの側線が延びていた。これは石炭産業が盛んな戦前の時代に石炭輸送の一大拠点となっていたからであり、今では草だらけの廃線や時が止まったままのホームにその面影が見える。






少し遅い昼飯を食べようと田川の町を歩くと、かつては相当な賑わいだったろう巨大アーケードの商店街は全てシャッターに閉ざされ、炭鉱を失った炭鉱町の衰退をまざまざと見せつけられる結果となった。人の気配すら感じぬ商店街では昼飯を食べる場所さえ見つけられない。色の褪せた路地を延々と彷徨った涯に「ランチ営業」の幟旗を店先に差した小さな食事処をようやく見つけた。その店は薄水色の壁が塗られた特徴の無い四角形の外観。古くもなく新しくもなく、カーテンは閉められているため店内の様子は窺えず、入り口の格子戸は曇りガラスでやはり店内の様子は窺えない。だいぶ怪しい印象を覚えたが他に選択肢を持ち合わせていない私は恐る恐る「営業中」を書かれた格子戸を開けて入店した。
店内に入って落胆した。左手に空席のソファのボックス席が二つ、右手にはカウンターを挟んで常連客と店主おばちゃんが話をしていた。店内の壁にはアルコールメニューやツマミの名前が書かれた短冊が壁にペタペタと貼られ、カウンターの上棚にはボトルキープの焼酎が数十本並んでいる。どう見てもスナックの内観だった。あ、これハズレの予感。店主とはばっちり目が合ってるので今更退店する訳にもいかず、「ランチってやってますか?」と私が聞くと「やってますよ」と店主が言うから観念し、私はふかふかソファのボックス席に腰を下ろした。取り敢えず日替わり定食を注文する。値段は500円、どうせレトルトカレーや具無し焼きそばが出てくるのだろう。私は腹を満たせればよいと考えながら料理を待った。






少し待ってから提供されたランチに驚愕した。予想に反してちゃんとした定食じゃないか。いやよく見ればどれも手の込んだ料理、ぷりぷりの唐揚げを筆頭に、ソラマメと鶏肉の炒め物、しっかり味の染みた肉じゃが、ほうれん草と昆布のお浸し、小鉢の漬物、厚揚げ、サラダ、どれも滅茶苦茶うまい。欲望のままに次々に口に運ぼうとする箸を理性で抑えて創作性が高く食べた事の無い味付けをひとつひとつ味わう。美味すぎるあまり急に降って湧いてきた暴力的な食欲を必死にブレーキを掛けながら理性の限りゆっくり食べる。手の抜いた料理なんて一つもない、場末のスナックのランチがなんでこんなにも美味いんだろうか。そんな様子を見てか、店主のおばちゃんは「美味いかい?これで500円だよ」と誇ったように話しかけてきた。そう、この絶品料理はワンコイン、あり得ないくらい安いし、あり得ないくらい美味い。完敗だ。私は初めに抱いた非礼を心で詫びながら「本当に美味いです、これで500円は安すぎです」と答えた。それから炭鉱見学に来たことを話し、店主や常連客から昔の賑わっていた頃の話を聞いた。大満足の食事を終えて礼を言い、炭鉱見学の時間も限られているので店を出た。






田川伊田駅のすぐ隣の田川市石炭歴史博物館の見学は時間の都合で急ぎ足だったが、巨大竪坑櫓や鉱山鉄道の展示を注意深く見て回る。関東の鉱山跡は数多く探索しているが、炭鉱は竪坑櫓を見てわかる通り規模が違う。鉱夫は竪坑ゲージで地下300mまで一気に降下し採炭作業を行う。かつの光景を思い浮かべると共に、地下深くで亡くなった方々に追悼を捧げた。そうして田川を後にし再び平成筑豊鉄道に乗り込み北上する。






直方市石炭記念館に着いた頃には15時を回っていた。ここでは館内の展示を中心に見学する。炭鉱についてはあらかた知っているつもりだったが案内員の方が教えてくれた情報は聞かなきゃ分からない有益情報ばかりだった。山本作兵衛さんの炭鉱絵画の原画も見ることができた。今まで私の中の筑豊炭田は読み物の中だけの話であったが今回実際に見て聞いて触れることでより輪郭がを確かな歴史を学ぶことができた。九州の炭鉱見学は私の人生で重要な要素になると確信している。九州旅行の最後に僅かであるが炭鉱巡りが出来て本当に良かったと思う。






目的は果たしたと、陰る日を追われながら今日の宿のある博多へと向かう為に再び鉄道に乗り込んだ。ところで私は旅の最中小説をよく読む。忙しない日常では落ち着いて本を読む時間は少ないが、気ままな旅では社会から歯車が外れたようにゆっくりした時間が流れ、特に鉄道に揺られる移動中は走行音と振動で物語の世界に一層深く入り込める。今回の旅で持ってきた小説は2冊、浅田次郎の「わが心のジェニファー」と絲山秋子の「沖で待つ」。どちらも内容を確認せず持ってきたにも関わらず、驚くことにどちらも九州を題材にするものだった。「わが心のジェニファー」では別府温泉に行くシーンが、「沖で待つ」では福岡に転勤になるシーンがあり、そのどちらも偶然にも私が今回の旅で実際に行った場所であった。だから物語に登場する温泉が、街並みが、食べ物が、確かな質感を持って情景が思い浮かぶ。そんな偶然に感動しながら本から目を離して見上げた車窓の風景は、旅の終わりに向けて残酷に進む時間を表すようにすっかり暗くなっていた。

つづく






コメント(2)

1:

yan

:2019/08/15 09:05:02
えあーちゃん、エアーちゃんじゃないすか!
検索するとよく出る画でしたがこんな遠いとこのだったのですね。

2:

もぎ

:2019/08/16 21:49:40
>>yanさん

圧縮空気機関車、火気厳禁の炭鉱ならではの車両ですね~。
なかなか面白い展示ばかりでした。



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