2019年7月15日

別府湯治の旅⑤
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別府三日目の朝、目が覚めると気配を感じた。部屋にはしっとりとした冷たい空気が漂い、障子からは力強い朝日ではなく、提灯のような白くぼんやりした光が漏れていた。障子を開けて窓の外を見ると、閑静な温泉街に雪が舞っていた。





日課の通り朝食を作ろうと炊事場に行くと驚いた。地獄窯を中心に空間一面に湯気が満ちて、輪郭のぼやけた視界が濃霧の山中のように広がっていた。もっとも、普段から湯気に満ちているが今日の湯気は普段の比ではない。

「雨が降る日の別府は町中に湯気が立ち込めて、まるで物語の世界のように幻想的なんだ」

私は昨日メシ屋のおっちゃんが言っていた言葉を思い出した。都合よく雨が降るとは思っていなかったが、雨ではなく雪によって物語の世界のような幻想的な光景を見られるかもしれない。別府に滞在する最後の日で、このような偶然が重なったことに運命すら感じる。様々な巡り合わせに感謝しつつ、今日も別府を余すことなく歩き回ろうと思った。






地獄窯料理にも随分慣れてきた私は手際良くささっと朝食を作る。主食に肉まんを用いるのは劇的な革命であり、蒸すだけの簡単料理だが間違いなく美味い。最後まで肉まん+おかずの図式は崩れることはなかった。一方おかずの方は普段は野菜か魚介類を蒸すだけであったが今回肉料理に初挑戦。野菜ミックスに豚バラを乗っけただけのこれまた簡単料理、だがやはり美味い。久々の肉に舌鼓を打ちながら腹を満たした。戸惑いあたふたしっぱなしだった投宿当時の事も懐かしい。貸間旅館ならではの要領も得てやっと別府の町に染まれた気がする。観光客から住民になったような居心地の良さを感じた。






身支度を整えて宿を出ると一層強くなった雪が町に降りしきっていた。休日というのに観光客の往来は疎らで閑散としている。まだ降り始めのため積雪は無いが、このまま降り続ければ積もる予感がした。






私は傘を差して町を歩いた。町はそこかしこで湯けむりが漂っている。例えば車道の中央を流れる排水側溝からは煙幕のように湯けむりが立ち上り、源泉設備からは野焼きのように濃い湯けむりが立ち上っている。そして正体の分からない湯気が薄っすらと町中に揺曳していた。更に歩き源泉地が連なる路地に差し掛かって湯気は更に濃くなった。右も左も一瞬にして見失い目の前が真っ白になる。優しい風が吹いて霞が薄れるとぼやけた光景をようやく捉えられるようになった。視界の輪郭は白く溶けて俗世とはかけ離れた現実感の無い世界。おっちゃんの言った通り、まさに物語の世界のように幻想的だった。








まずは朝風呂に入ろうと鉄輪のすじ湯温泉に入る。誰もいない共同浴場、雪の日の朝に相応しい熱々の湯だった。別府八湯のうち訪問していないのが「浜脇温泉」「亀川温泉」「観海寺温泉」「堀田温泉」の四か所だ。別府温泉の中ではマイナーな部類であるこれらの温泉を今日は巡るつもりだ。






まずは観海寺温泉を目指そうと鉄輪のバスターミナルでバスを待つ。雪のせいで係員はバタバタ動き回り、別府駅行きの乗客を忙しなく捌いていた。時刻表を見ると観海寺温泉方面行きは30分待ち、ターミナルの待合室で小説を読みながら、だんだんと白く染まっていく山肌の木々に時折目を向けながら待っていた。私と同じ行き先の客は誰も居ない。周りの観光客は私だけを残してひっきりなしに入れ替わっていく。ようやくバスの時間となったがバスは来ない。まあこの雪だ、多少の遅れはあるだろうと気にせず小説を読んでいたものの、更に5分が経ち、10分が経ち、15分が経ち、待てども待てども来ぬバスに異変を感じ、観海寺温泉行きのバスはいつ来るのか係員に尋ねた。すると「別府駅行き以外はすべて運休ですよ」と、係員はさも当然といった面持ちで答えた。おいおいマジかよ、運休の掲示はどこにも無いし、係員は数人いるのに口頭でのアナウンスも一言も無いし、こちとらずっと待ち呆けてるんだからせめて気ぃ使って声掛けろや!とは思ったものの、元来別府はあまり雪の降らない土地、バス会社も慣れてないのだろうと無理やり溜飲を下げて復旧の目途を聞いたが「分かりません」と一言だけの言葉を返され、少々イラっとしながら私はバスターミナルを後にした。






困った。予定は全て崩壊した。これでは別府八湯は巡れないかもしれない。逡巡の末、苦肉の策でここから歩いていける地獄めぐりの続きすることにした。バスが復旧するまでメジャー観光でもしてよう。「かまど地獄」「鬼山地獄」「鬼坊主地獄」「海地獄」「白池地獄」を続けて巡る。結構面白かったが感想は割愛。 地獄めぐりが終わって昼になり雪は一旦止んだがバスの復旧は未だ見通しが立たなかった。昼飯に鉄輪の食堂でチャンポンを食いながら、おばちゃんにバスが動かないことを愚痴ると「別府に雪が降るのは珍しいからね~」と言われた。まあ動かんものは仕方がない。ならば観海寺温泉は諦め、食事を終えると私は唯一動いている別府駅行きのバスに乗り込んだ。バスに揺られて下界の別府駅に到着すると雪はすっかり溶けていた。

つづく






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