2019年7月9日

別府湯治の旅④
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バスで鉄輪まで戻るとちょうど昼時だった。何か昼飯を食べようと店を探していると観光客が行き交う通りの中で「だんご汁」の幟を見つけた。だんご汁とは大分の郷土料理、出先では地の物が一番食べたくなるのが旅人の性。よしここにしよう。と暖簾をくぐって店内に入るとこの昼時の雑踏の中において客が私ひとりだけだった。しかも店内を見渡すとメニューは「だんご汁」と「豚骨ラーメン」の僅か二種類のみ。しまったこれハズレだ、と旅での貴重な一食を無駄にしたことに絶望しながらも今更後には引けず、諦観の思いで着席する。するとご主人が「いらっしゃいませ~」とにこやかな笑顔で水を持ってきてくれた。私は「だんご汁ください」と伝えた。「だんご汁ひとつですね~」と注文を受けて厨房に行くと思いきや「旅行ですか?」と聞かれて何となく雑談が始まった。私は温泉に入りたくて別府に来たことを伝えると、どうやらご主人は大の温泉好きのようで「別府は良い温泉たくさんありますよ~」と、別府で行くべき温泉や、穴場観光地を教えてくれた。だが紹介してくれる場所はあくまで一般観光客に対するものであり、私が好むディープなものではない。それでも会話を進めていくと次第に深い温泉話へと進んでいき、「別府を味わうなら貸間旅館に泊まるべきだ」という事を言われた。ここで私は「実は、いま双葉荘に三泊してるんですよ」と告白した。するとご主人はスイッチが入ったようで「ちょっと待ってて」と一度奥にすっこんでから大量のパンフレットやガイドブックを持ってきてはドサッとテーブルに広げた。そこから始まる別府のディープな温泉トーク、その辺の観光客は行かなそうな共同浴場や地元ならではの話を聞かせてくれた。その中でもご主人が言った「雨が降る日の別府は町中に湯気が立ち込めて、まるで物語の世界のように幻想的なんだ」という一言が妙に印象深く残った。冬の別府に都合よく雨が降るはずもなく、それを見るのは地元に住む人の特権なんだろうとぼんやり思った。






ずいぶん話し込んで食事が遅れたが、やっとこさご主人が厨房に行ったと思いきや、あっという間にだんご汁が配膳された。見た目は小麦粉を固めた団子が入ったけんちん汁であり、食べてみても団子が入ったけんちん汁の味。馴染み深いもので言うすいとんである。割とシンプルな料理の筈なのに食べると何故かめちゃくちゃ美味い。孤独のグルメの如く脳内でレビューしていると女性二人組の観光客が暖簾をくぐって店内に入ってきた。彼女らは外国人のようで日本語は話せない。しかし慣れたご主人はルー大柴的な英語で出迎え、身振り手振りメニューや料金の説明をし、また彼女らにもよく伝わっていた。彼女らは一杯の豚骨ラーメンを二人でシェアしながら食べるようで、ご主人はさり気なく取り皿も用意したり、ラーメンを食べてる二人の記念撮影もしてあげたりして、観光客に楽しんでもらおうと全力のおもてなしをしてれくれている。私は当初この店はハズレだと思ってしまった事を恥じた。だんご汁と豚骨ラーメンの二通りのメニューしか無く、観光地に胡坐をかいた横柄な店かと思っていた。しかしご主人とお話しして飯を食ってみれば如何にここが真心こもった美味しいメシ屋なのかを知ることが出来た。ハズレなんてとんでもない、大当たりだと満足しながら私はだんご汁を食べ終えてお会計をする。レジの前でご主人から「この後はどこへ?」と聞かれ、私は「明礬温泉へ行きます」と答えた。「明礬なら、保養ランドの泥湯は絶対に行ってください!」と、銭勘定もそっちのけで地図を指さしながら薦めれた。どこでバスに乗ってどこで降りるかなんかも教えてくれた。まあ地元の人が言うなら間違いない。ならば明礬温泉に行って泥湯に入ろう。目的地が決まったところで「それじゃあこれから泥湯へ行ってきます、だんご汁美味しかったです」と言葉を交わして店を出た。どこかノスタルジックさえ感じたメシ屋だったが、外に出れば元の騒がしい温泉街の大通りが変わらずに広がっていた。






明礬温泉は車での観光客ばかりで私と同じ停留所で降りるバスの乗客は居なかった。明礬の町は意外にもこじんまりとしていて住宅の中に湯の花小屋が点在している。明礬温泉の湯の花製造技術は国指定重要無形文化財に指定されていて、噴気と青粘土を利用し湯の花の結晶を作り出す貴重な民俗技術は、数十軒の湯の花小屋が立ち並ぶ独特な景観を生み出している。観光客向けのお店も多数あったがどこも満員、混雑した場所でひとりで飲食しても疲れるだけなので私は温泉のみ入ることにした。






明礬の一湯目は鶴寿泉にて。先客は地元の方が二人、石造りのそこそこ大きな浴室に、小さめの浴槽。湯は白濁した酸性泉。分類は一応単純温泉だが成分表を見ると明礬温泉だけあってマグネシウムが多く含まれていた。私は温泉好きで近県の温泉は結構な数を巡っているが「明礬泉(含マグネシウム)」に入ったことが無い、というか関東圏には明礬泉はないので入る術がなかった。そして今回の旅で生まれて初めて明礬泉に入ることは一番の楽しみであった。しかしながら鶴寿泉の湯は思いのほかサッパリとしていてあまり特筆する点もなく、残念な気もしたが本命の泥湯を目指して早々に湯から上がった。






泥湯のある別府温泉保養ランドまではやや歩く。やはり徒歩の観光客は少なく、沿道にポツリポツリ見かける飲食店はどれも地元民向けの普通の店ばかりだった。ようやく到着した保養ランドは別府の歴史ある温泉とは程遠い鉄筋コンクリート製の小学校のような外観。擦れた雰囲気は別府の温泉群とはまた違った近代的な印象を受ける。もっとも、真新しさはとうの昔に失い、昭和後期あるいは平成初期の無機質で無個性で画一的な、そんな時代の建造物だった。これもまた近代レトロとも言うべきか、今はまだ風情を感じないものの、令和を担う新時代の若者にとって古めかしく愛おしい過去の遺産になる日もそう遠い未来ではないだろう。そんな事を考えながら、真赤なシートの床を踏みながら館内に入り、飾り気の無いスチールの下駄箱でやたら濃い緑色したスリッパに履き替え、超有名温泉としてのおごりも無いが愛想も無い番頭さんに料金を支払い、広いロビーを抜けて緑の絨毯が敷かれた渡り廊下を歩いていく。






脱衣所にあった温泉の配置図を見ると近いところから「コロイド硫黄泉」「瀧湯」「屋内鉱泥大浴場」「露天鉱泥大浴場」「むし湯」の順に書いてあった。取り敢えずカランで身体を洗ってから手前のコロイド硫黄泉の湯舟に入ってみた。感覚で言うと日光湯本のような白濁した酸性硫黄泉。硫黄の香り漂う王道且つ至高の素晴らしい湯だ。だがやはり特筆すべきは「泥湯」、名物である巨大な露天風呂に足を運ぶとまずはそのスケールの大きさに驚いた。そして、広大な浴槽を満たしているのは紛うことなき泥だ。慎重に足を泥に沈めると、表面はきめ細かい泥の粒子が舞い立ち、足先が底につくと温泉とは思えぬふわっとした感触がした。泥の粒子は非常に細かくて、固い泥ではなくふわっふわの柔らかい泥、身体に纏わりついて一度湯に入れば身体中泥まみれだ。周りの観光客を見れば泥を身体に塗りたくったりして遊んでいる。美容に良いんだか知らんが、塗りたくれば塗りたくるほど健康に良いと思っているのか、身体はもとより顔まで泥パックをしていた。私は肌が弱い方なので初めは躊躇っていたがこれも旅の思い出だと、湯舟の底の泥を手の平で掻いて掬ってみた。掬った泥を見ると砂利や木の枝に交じって人毛が大量に交じっていた。ストレートの髪の毛もあれば縮れ毛もある。私はドン引きだった。よく考えれば構造上湯舟の清掃は出来ないし、お湯も常に張りっぱなしなんだろう。すごい湯だけどすごく汚い。うん、そしてすごく臭い。硫黄臭がベースだけど、それとは違う腐ったような嫌な匂いがする。私は泥を身体に塗るのは諦めて足の先で泥と戯れていた。目前の景色は一面の泥、そして噴き上がる蒸気、色味の無い現実感の無い景色。まるで地獄の渦中にいるようだ。






別府で最も特異な湯、泥湯。一度は入っておくべき凄い温泉だったが私は二度目は入ろうとは思わない。でも本当にすごい温泉だったのは確かだ。
明礬に満足した私は保養ランドから離れて町へ向かった。バスで行く距離だが時間には多少の余裕があるので歩いてくことにした。完全に観光地を離れて緩い斜面の下って住宅街を突っ切っていく。犬と散歩のする婦人、自転車で走り回る子供、背の低い塀に腰かけて黄昏る老人、別府の日常の風景。時刻は16時を回り次第に薄暗くなっていく。






博物館なんかも寄りながら遂には日が暮れて夜になった。宿には帰らずに歩き続けて東別府駅近くのとある喫茶店までやってきた。実はこの日、ニッポン旅行記の管理人のいちちさんに一緒にご飯でも食べましょうと約束したのだ。いちちさんは元々は群馬県民、趣味の方向性が近いのでいつか合同で歴史散歩でもしたいなと思っていたところに急に大分県への移住が決まり、それきり会わずじまいになってしまった。なので実際に会うのは今日が初めて。 私は人見知りなので初めて会う時はいつも緊張します。しかしながら趣味の話やブログ運営の話やら、とても楽しく、とても有意義な時間になりました。いちちさんも趣味に対してストイックな人で、もし近くに住んでいれば何度もお会いしてただろうが群馬と大分は流石に遠い。次に会うときは何年後になるのか・・。






いちちさんと別れ、住み慣れた宿へ帰る。時刻は22時。宿は静まり返り、住民は寝ているか部屋で静かに過ごしているようだった。「今日は帰りが遅くなります」と事前に女将さんに話しておいたから玄関のカギは空いている。私は静かに玄関を開けて館内に入り、暗い廊下を音を立てないようにして部屋に戻って、少しだけ焼酎のお湯割りを飲んで、布団に入った。

つづく






コメント(4)

1:

yan

:2019/07/11 20:47:09
な、なんか恐ろしく読みづらいわざと?
それともどこか縦読み… 

泥ポン気いこ者考たに? 暗号やー(笑)




2:

もぎ

:2019/07/14 18:02:37
>>yanさん

還元セールで只今文字増量中です。

3:

yan

:2019/07/15 19:12:07
セール!

いやそれにしても泥湯のくだり、オソロシス
全然無理ですオソロシス

昔デルで九州行った時に発見しなくてよかった笑


4:

もぎ

:2019/07/15 23:01:53
>>yanさん

あの汚さを知っていたなら泥湯には入っていなかったかもです。温泉施設としてではなく文化体験施設としてなら何とか・・。



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