2019年6月18日

別府湯治の旅②
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別府に着いたは良いが、特に何も調べて無いので右も左も分からない。取り敢えず駅前のロータリーに出てみるも、温泉街が広がってる訳でもなく、ただ客待ちのタクシーが数台たむろするだけだった。ならばと、お決まりの観光案内所に行って情報収集をすることにした。地図付きのパンフレットを何枚か貰ったのと「温泉本」たるガイドブックを購入してみた。温泉本の恩恵を本格的に受けるのはまだ先になるが、この旅の中で温泉本は身体の一部と言っても過言でないくらい重宝することになる。
別府温泉は広大で場所によって泉質も様々、各所に点在する温泉地を大まかに8つのエリアに分けたものを「別府八湯」と呼ぶ。別府温泉は西の横綱と称されるほどの名湯、一方私は東の横綱と称される草津温泉を擁する群馬県民、ここは東のスパイとして敵状視察と行こうじゃないか。この旅の目標は別府八湯の制覇だ。






チェックインの時間まではいくらか時間がある。まずは別府地区の竹瓦温泉でひとっ風呂浴びることにした。駅から東に出て海へ向かって少し歩くと、「旅館」「日帰入浴」などの文字が街路に飛び回り、次第に温泉県大分に来た実感が湧いてきた。竹瓦温泉へは細い路地を行く。市街の様相が一気に趣あるものに変わり、小さく区切られた土地に小さな古い建物が立ち並び、古くから根を張る人々の営みが息づいている。そしてその一方で巨大な盛り場でもあり、飲み屋やスナックはもとより如何わしい風俗店が平然と共同浴場や歴史的建造物と日常風景のように溶け込んでいた。温泉地と言えば歓楽街ではあるが、こうも堂々とソープランド街が観光地と共存しているとは驚いた。
何人もの客引きをスルーして竹瓦温泉へ到着。風格ある唐破風を有した巨大な木造建造物は登録有形文化財であり、今の建物は昭和13年に建てられたという。格子戸を引いて入った室内は老舗旅館のような木目調の広々とした空間、左手に砂湯、右手に内湯があり、砂湯は工事中との事で内湯のみ頂くことにした。入浴料はたったの100円というのも流石は別府というべきか、番頭さんに100円を渡し浴室へ入ると再び驚いた。回廊のような脱衣所からは眼下に見下ろせる楕円の大きな石組みの浴槽が見えた。だだっ広い空間にあるのはただ一つの浴槽のみ、白塗りの壁には一間角ほどある大きな木格子のガラス窓がいくつも浴室を囲み、斜陽が光芒のように差して茶褐色の炭酸泉を黄金色に染めている。古色蒼然としながらも荘厳な出で立ち、まるで映画のワンシーンのような光景は私は圧倒された。浴槽には先客が三人ばかり、ただの一言も発さず、皆だんまりとして目を瞑っている。私は興奮を抑えながら急ぎ足で掛け湯をした。静寂の空間を乱さぬよう静かにゆっくり湯に身を沈める。浴槽の縁に頭をもたれて高い天井をぼーっと眺めた後、先客に倣って目を瞑った。






宿を取ったのは別府でも中心的な温泉街である鉄輪温泉。竹瓦温泉を後にした私はバスに揺られて鉄輪へ向かった。噴気がそこらかしこに立ち上る鉄輪は、風情ある温泉街というよりは別府ならではの唯一無二の異様な光景を見せる。百度を超える噴気が地から湧く地獄のような土地は元々は二束三文で売り出しても買い手が付かないような不毛の土地、それが時代が進み噴気をコントロール出来るようになるってから次第に湯治場として栄え始めた。 宿に行く前に、町をふらりと散歩することにした。総源泉数が4400を越えると言われる別府の旅館は、特に鉄輪地区は独自源泉を所有している宿が多い。蒸気を通す配管やタンクがあちこちに入り乱れ各部からは蒸気が常に噴き出している。まさにスチームパンクな世界観、一見して排ガスをまき散らす工場群に見えるが実際はすべて温泉の蒸気。湯けむりの小道や、展望の利く小さな公園など、しばらくあてもなく歩いていた。暮れゆく空には濛々とした蒸気が絶えることなく登っていた。






私が別府で三泊する宿は双葉荘という貸間旅館。貸間旅館とは要は湯治宿の事だが別府においては「地獄窯で自炊する」という枕言葉が付いている。地獄窯とは地中から噴き上がる蒸気を利用した調理設備だ。私はこれがやりたくて別府まで来たと言って良い。宿にはタオルや歯ブラシ等のアメニティ類は一切なく、何から何まで全部自分でやらなくてはならない。貸間旅館の「貸間」とは、湯治の為に一部屋だけ貸しますよという意味だ。宿泊中は部屋に宿の人は一度も立ち入らないから布団の敷き戻しや掃除なんかも自分でやらなくてはならず、慣れてない人には不便だろうが逆を返すと自分の家の如く自由に使ってよいのだ。






部屋で荷物を広げてひと段落して、夜が更ける前に晩飯を作ろうかと炊事場に向かった。まだ地獄窯の勝手が分かっていないので今夜は蒸すだけの簡単料理を試みる。食材はスーパーで買ってきたマテ貝と芋と人参。適当に切って、ザルに入れて、窯の中に吊るして、あとは放置するだけだ。炊事場から地獄窯がある中庭に降りると異様な光景に息をのむ。温泉成分が析出して白や緑に石化した禍々しい大きなタンクを取り囲むように、年季の入った窯が四基、それと湯沸かし用の窯が三基埋め込まれている。窯の中を見ようと重い木の蓋を開けてみた途端に目の前が真っ白になり、少し遅れて顔面に熱気を感じた。窯の中の構造は蒸気のせいで窺えない。どうにか斜めから見るようにして判明したが、窯の底部には一寸くらいの穴が開いてて、その穴から噴気が勢いよく噴き出していると見える。宿の人からの説明も必要最低限だったからどれをどうして使っていいんだか勝手が分からない。仕方なしに他の宿泊客の仕込んだ窯の蓋を開けて盗み見て、真似するようにして夕食を仕込んだ。






待ち時間は割合と暇だ。いや、暇というか待ち遠しいというか、そわそわしてしまう。待ち時間が20分程度なので、何が出来るでもなく、かと言って待ちぼうけするには長い。なので興味津々と地獄窯の見学することにした。利用案内の表示を読むと各食材に対する蒸し時間がかかれている。地獄窯は慣れてくればご飯も作れるらしい。今回は簡単料理だが、だんだんとレベルが高いのを作ってみたい。






食材を仕込んだ窯の側面には湯沸かし用の窯があり、特に何も説明は受けていないが察するに部屋のポットの湯はここら補給するらしい。そしてお湯沸かし窯の背面の縁側には椅子が並び本棚に雑誌や漫画も置かれている。後の話になるが、夜な夜な椅子に座り、こち亀を読みながら蒸しあがるのを待ってる場面が何度かあった。






頃合いの時間となって蒸しあがった夕飯を窯から取り出した。取り敢えず火はしっかり通ってるようだ。当然ながら蒸気には温泉成分が含まれている。そのため僅かながら食材が温泉の味がするという。
部屋に戻って明るい場所でマテ貝をまじまじ見る。蒸す前には見えなかったが細い鞘の中にはキモイ虫が入っていて、そのフォルムは溜息が出るほど気色悪かった。こんなゲテモノが夕飯なんて嫌だと辟易しながらも、食べなきゃ他に食うもんは無く、捨てる訳にもいかず、意を決して嫌々ながらも口に入れる。するとどうだ、見た目と裏腹にめちゃくちゃ美味いじゃないか。程よい塩気に出汁の利いた貝の味、もきゅもきゅとした噛み心地はスナック感覚で手が止まらない。これがマテ貝か、群馬のスーパーでも売って欲しいと思うほどだった。一方、蒸し野菜は見た目通りの味だった。






夕食に満足したところで温泉に入ろう。地獄窯のある中庭を横目に、入り組んだ狭い通路の暗闇の先へ向かう。肩がぶつかりそうな狭い通路の脇の暖簾の先には薬師如来が見守る薬師の湯が、どこが土足でどこが素足で歩けばいいのか分からない通路の一番奥には、男湯と女湯がある。今日は金曜日で平日、全ての浴室には誰もいなかった。






私は内湯に浸かった。温泉臭のする塩化物泉だった。温度は熱くもなく、ぬるくもなく、丁度よい。ドボドボと一筋の湯が水面に注がれる音が浴室に響く。その他には何の音も無い。群馬から遥か離れた別府の地、鄙びた湯治宿の奥まった場所にあるこの小さな空間で、何もかも忘れて身体が溶けていった。






小一時間後、風呂から出て部屋に戻る。スーパーで買った大分焼酎を、同じくスーパーで買った半額の高菜の炒め物をつまみにチビチビ呑む。この時間が最高のひと時。
しかしそんな時間は長く続かなかった。22時頃、静かに本を読みながら晩酌していると非常ベルの音が突然けたたましく鳴り響いた。「火事か!?」と跳ね起きて廊下に出る。辺りを見回すと火の手は見えない。すると騒ぎを聞いた隣の宿泊客も廊下に出てきた。湯治に小慣れた様子の中年の女性だった。「火事ですかぇ」なんて話をしていると宿のおばあさんが階段を上がってきた。
「ごめんなさい驚かして、たまにベルが鳴っちゃうんですよ」
そう言って我々二人に詫びた。私は、他に誰も出てこないから今日の宿泊者二人だけなんだな、なんてどうでもいいことを考えていた。
「誤報ですか」と聞く。
「湯気で反応しちゃうんですよ」との事。
「直るか分かりませんけど、点検しましょうか」
自動火災報知設備は本業ではないが、甲種4類の資格持ちで点検も工事も出来る。自火報の誤報は出たその時に点検しないと翌日には自然復旧してしまって原因が特定できない。どうせ暇してるし、もし原因が特定できれば御の字だと思って点検を申し出た。おばあさんは「明日業者を呼びますよ」恐縮しながらも、私はちょっと面白くなって点検することにした。隣の部屋の中年女性湯治客はいつの間にか部屋に帰ったようだ。温泉旅館での誤報とあらば、感知器の接点に溜まった埃が湿って導通ができたか、古い信号線がひび割れて素線が剥き出しになり湿気で導通したかのどちらかだろう。まず総合盤のある帳場に行き火災エリアを確認すると本館二階、私の部屋のあるエリアで火災の誤報が起きていた。本館二階の感知器を、宿泊者の居る部屋を除いてすべて確認したが動作表示灯は点灯していない。つまり感知器は差動していないがどこかで導通が出ていることになる。よし、保守音響停止してまずは感知器を片っ端を外して端子部の点検だ。それ脚立を用意しろ、あとドライバーとテスターだ。え?何もない?それじゃあ点検出来ないじゃん、あ、そうですか、うん、明日業者に見て貰うと、あ、はい、わかりました。お役に立てずすいません、はい、おやすみなさい。
後になって聞いた話だが、翌日業者に点検させてがその時には誤報は消えていて、原因の特定はできずに結局の業者も何もできずに帰ったそうな。こりゃまた誤報が発生するな。今回は少々差し出がましい事をしてしまったが、道具足らずで原因の特定が出来なかったのが悔いてならない。私は無力感を存分に感じながら、大分焼酎を掻っ食らって不貞寝してしまった。

つづく






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