2018年8月15日

第二回北国街道歩き旅(五日目)(終)

前回の記事






宿で朝食を取り、牟礼駅から関山駅へと向かう。
この日は平日とあり駅は学生で混雑していたが、みんな長野駅行の電車に乗るばかりで妙高高原駅行の電車はガラガラだった。

今日の行程は関山宿を発ち、松崎宿、二本木宿、新井宿、そして最終目的地の高田宿を目指す。 距離にして僅か21km、かなり余裕があるのでのんびり行こう。






越州に入っても「北国街道」の表示は随所に見られ、幟旗が街道の旅人を誘導してくれる。 建物は豪雪地帯のそれとなり、どの家屋も高床式の住宅となっている。 少し寂しげな景観がもたらすのか、朝の空気が普段より肌寒く感じた。






松崎宿に到着した。
桜は満開に咲いてるものの特に古い建造物もなく、宿場跡としての見所は少ない。






松崎宿に隣接するように二本木宿が現われる。
こちらも特別目ぼしい物はなかった。

街道筋の民家はどれも新しいものばかりで変わった遺構もあまりなく、 越州に入ってから街道歩きとしての面白味が欠けてきた。
そんな時は昨日と同様に歩きながらラジオドラマを聞いている。 この日は2時間30分の大作、「アルジャーノンに花束を」を聞いていたが、これがまあ名作だった。
これ ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=UuMuWAw4Lf4






新井宿を目指して歩いていると小出雲坂が現われた。






高田から江戸を目指す旅人はこの小出雲坂で振り返り、見納めとなる高田平野と日本海を眺めて涙したと言う。
逆に私は山岳地帯を越え、いよいよゴールが近付いた事に期待と安心感と抱かせた。






そうして新井宿に到着。
上町、中町、下町と宿場が連なり、その規模は相当に大きい。 今では寂れた商店街と化したが、久々の街に私は心を躍らせた。






新井宿で昼飯を食おうとフラフラしていると蕎麦の旗を発見、 そのまま誘われるように建物に入る。 この時は建物の事など気にしていなかったが名前を「いきいきプラザ」という。 ここは妙高市の福祉施設であり、後で知ることになるが特にお年寄り用の施設だったらしい。






蕎麦を食い、食後のケーキを食う。
周りを見ると見事にジジババばかり。 客はもちろん店員さんも60才以下は誰もいない。 この超ローカル感が最高にたまらない。 年齢的にはアウェーにも程があるが、妙に居心地が良くしばらくのんびり過ごすのだった。

やがて最後の宿場、高田宿へ向かうことに。
終わりが近づき高揚してきたため、歩かずに走って高田へ向かう。





高田宿到着。
走ってきたのであっという間だった。
新井宿も大規模に見えたが、高田宿はそれにも数段増して大規模で、町全体が古い町並みだった。






高田の街並みの象徴とも言える「雁木造り」の通り。 豪雪地帯で歩行者が歩きやすいように庇を伸ばした、要はアーケードである。 高田地区には総延長16kmもの雁木が残り、その長さは日本一となっている。 歩道になっている部分は実は私有地、余談だが庇の下の土地は固定資産税が免除されるらしい。






雁木の裏には屋根の雪を落とす道具が収納されている。






街並みを満喫し、それは北国街道歩き旅の完結を告げる。






高田まで来たのだからと最後に高田城に行ってみる。
桜はほとんどが散っていた。
妙な物悲しさだった。






露店で食べ物を買い、ベンチに座って落ちた桜花と行き交う人をぼんやり眺める。
旅の終わりと桜の終わりが重なり、長かった旅の終わりをだんだんと実感する。 5日の旅のハイライトが頭に浮かんでは消え、感傷的になりながらも良い旅だったなと、しんみり思うのだった。

北国街道歩き旅
軽井沢追分宿~上越高田宿
全長35里(約140km)






高田駅へ向かう途中、街角の吹き溜まりの天の川を見つけた。
春が終わり、夏がくる。


終わり






コメント(4)



名前 URL






群馬Bスポブログ トップページ

当ページは「群馬B級スポット」のブログページです。 Bスポ以外のネタや日常のことを気の向くまま綴りますが、特に面白い事は書けないので期待は厳禁。 こっちにはコメント機能を実装したのでどしどしコメントを書いてくれると私が喜びます。

スポンサードリンク
アクセスカウンター
バナー(リンクフリー)