2017年12月28日

北国街道歩き旅(二日目前編)
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町が静まり返る早朝4:30、人知れず旅の二日目がスタートした。
微かに暁の気配を薄ら感じるものの辺りは真暗闇、ポケットに手を突っ込み、ネックウォーマーに顔をすぼめ、冷え切った無風の暗闇を歩き始めた。 今日は短い短い旅の最終日、本日は上田宿から始まり行けるとこまで歩いて終了の予定。






昨晩は街道を外れそのまま上田市街地に入ったので北国街道をトレースしていない。 市街地から旧街道へ復帰し、まずは歴史的町並みが残る上田宿を歩く。 私以外に誰も歩いていない薄暗い街道筋は、一大観光地となっている普段の喧騒が嘘のように思えた。






殆どの商店は消沈していたが、「柳町屋」という一軒の商店には白い光が灯っていた。 格子戸の隙間から漏れる細長い光が私の足元まで届き、この暗い世界で妙な安心感をもたらす。






上田宿を離れ次の宿場、坂城宿を目指す。
坂城宿までは3里(12km)ほどあり結構な距離だ。
兎にも角にも歩かねば始まらんと、目線の先に浮かぶ満月を追って歩き続ける。






そして東の空は明るみ始め、だんだんと夜から朝へ変わっていく。






一歩一歩、歩みを重ねる毎に増えていく朝、黒いシルエットだった街並みの輪郭が次第に浮かび上がり、朝に相対するように月の光が弱まっていった。






朝焼け。
紅掛かる藍染の空、この瞬間だけの美しい色です。






普段通る味気ない国道から僅かに入り込むだけでこのような素晴らしい街並みが立ち並ぶ。 この旅を通して、見える世界が少しだけ広くなった気がする。






北国街道を歩く旅人の安全を祈って建立された猿田彦の石碑。 私は立ち止まり、手を合わせて改めて旅の安全を祈願した。






更に進んで道標発見。
実は道標を見ると興奮してしまう性質の人間で、江戸時代に刻まれた「右 北国往還」の碑文は痛む足に活力を与えてくれた。






旅を始める前は「街道筋の古い食堂でメシを食うぞ!」と意気込んでいたが、実際歩くと飲食店どころかコンビニさえろくすっぽ見つからず、遠巻きに見える国道ロードサイドのチェーン店が大層旨そうに見えたもんでついつい誘惑に負けてすき家で朝食。結局、長野っぽい物は未だ食えず。






すっかり朝となり、朝日が街道を照らし始める。






坂城町に入った。
ここは明治以降に急崖が削られ国道が敷設された為に安全に通過できるようになったが、かつて「街道一の難所」と言われ、殿様も籠から降りて崖にへばり付くようにして通過していたと言う。






上記の通り難所故に、上田宿と坂城宿の間に幕府非公認の松代藩が設けた私宿が設けられた。その名を鼠宿と言い、てっきり次は坂城宿とばかり思っていたので急な私宿の出現に驚かされた。






鼠宿を通過して更に歩く。
街並みは昭和を感じされる現代の物に変わっていく。
だんだんと昔の街並みが遠ざかる。






時刻は9:00、坂城宿に到着。






美しい格子戸の民家。
素晴らしく美しい。






足に疲労が溜まっているので休憩がてら本陣跡の資料館を見学。 長野県の鉱山とかいうちょっと面白い資料があったので購入した。






しばらく休憩してから坂城宿を発つ。
色付いた広葉樹の葉ははらりはらりと風に舞い、一枚また一枚と樹木から葉が落ちてゆく。これがまるで春の桜のような儚さを抱き、秋が過ぎて冬の訪れを感じさせた。

目を慰める歴史建造物は次第に数を減らし、面白みに欠ける街歩きが増えてくる。 そんな時、私は耳栓を装着し、メガネを外して裸眼視力0.1の状態で歩いてみた。 するとつまらなかった町が私の感性の下で幻想的な世界へと早変わりして、これは面白いと、瞑想しながら歩くのであった。


つづく






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