2017年03月01日

子供の頃の不思議な記憶

子供の頃は「現実の世界」と「不思議な世界」の境界線が曖昧だ。
隣町まで行くのも大冒険だったあの頃は、路地の外れの知らない道を歩いたり、学校の裏山を奥の方へ少し踏み入れば、ひょんな事から不思議な世界に迷い込むことがある。

大した話ではないが、私が不思議な世界に迷い込んだ話をしたいと思う。

弟が生まれる頃、お産のため母は入院となり、3歳の私は5歳の姉と共に祖父宅へ預けられた。住み慣れた我が家から離れて祖父宅で寝泊まりするのは私にとって非日常の体験であり、祖父宅の煮物ばかりのご飯や渋い色ばかりの食器、定刻に不気味な音を鳴らす古い置時計、家とは違う匂いのする風呂など、当時の記憶は年齢の割に色濃く残っている。
日中は祖父の畑仕事に付いて行ったり、姉と祖父の家を探検して遊んでいた。
ある時、祖父が山に行くと言いだした。私と姉はトラックの荷台に乗せられ、何処に行くかも知らず、後部のあおりを掴みながら前方に流れる景色をぼんやり眺めていた。 祖父宅を出発して数分後、トラックは未舗装の山の中の開けた場所で止まった。 祖父に荷台から降ろしてもらい私は周囲を見渡した。木々が生い茂っている森の中央で、私たちが居る場所だけが広場のように開けてあり、鬱蒼としながらも森は明るい。頭上を見ると木々の隙間からキラキラと木漏れ日が差し込んでいた。今まで見たことのない場所だった。
その後祖父は何やら作業を始め、私の記憶はそこで途絶えている。 その場所で祖父や私が何をしたかは覚えていないが、子供ながらにその場所に妙な神秘性を感じ「あの場所はどこだろう」と度々思うようになった。
時は流れ私が小学生の頃、祖父に「あの場所はどこか」と尋ねてみた。
しかし祖父は「そんな場所に行ってない」という。
これはおかしい。姉にこの話をすると、確かに祖父にトラックの荷台に乗って山に連れて行ってもらったと、姉もしっかり覚えていた。
じゃあ祖父が忘れているだけだろう、と結論付けられればそれで終わった話だが、どうも話はそう簡単じゃない。何故なら祖父は自動車免許を持っていないらしいのだ。
それからというもの、時折「あの場所はどこか」と思い出してみるが、結局見つけ出せず仕舞い。今では祖父宅周辺の地理は完璧に把握しているが、記憶の場所はどうにも該当する場所がないのだ。あの場所はどこか、そして私たち姉弟が乗ったトラックは何だったのか、これが私の小さな不思議体験である。

とまあ、こんな具合に子供の頃は不思議な体験をしがちであるが、実はこの話には続きがあって、数年前の祖父の葬儀の際に呆気なく真相が判明した。それは我々兄弟が「かぶとむしおじさん」と呼んでいた祖父の友人との会話だった。
「弟が生まれる時にトラックで山に行ったの覚えているかい?」
ああ~、そういう事ね・・。
不思議な場所もクソも無く、単純にかぶとむしおじさんが自分んちの山に我々を連れて行っただけであった。3歳の私はともかくとして、5歳の姉の記憶力、クソだなと思った。

不思議な世界の真相はタネを明かすと詰まらないものだが、子供のあやふやな記憶の中で生まれた不思議な世界は、自分にとっては不思議な世界であることに間違いはない。それは子供だけの特権で、大人になってから不思議な世界に入り込めないのもまた事実であり、非常に残念にも感じる。公園のドングリのように、あちこちに不思議が転がっていたあの頃は魅力的な世界だったなぁと、現実を振り返り思う今日この頃。

以上、そんな取り留めのない話でした・・。







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