2017年01月28日

高崎柳川町花街散策



かつては「北関東の吉原」とも呼ばれ盛況を極めた花街・柳川町。
この一帯は特殊飲食店が軒を連ねる歓楽街であり、いわゆる赤線地帯だった。
柳川町では明治に初めての遊郭が開業され次第に規模を増していったが、昭和33年の売春防止法施行により衰退していった。

今回は柳川町赤線跡と古い町並みを見て廻ろうと、
Twitterの知り合いの たまごとじ さんと、
はぎもん日記の はぎもん さんと、柳川町に出掛けた。

尚、柳川町の赤線跡ついては下記サイトを参考にさせて頂いた。
群馬県高崎市その2 - 『ぬけられます』 あちこち廓(くるわ)探索日誌
高崎市の遊里「柳川町」を歩いてみた(その2)|日本各地めぐり”ささっぷる”






赤線跡は高崎中央銀座の西側が中心となる。
特に名残を感じられるのは、中央銀座の一本西側の細い通りだろう。






この細い路地の両側には古い建物の夜の店が続いている。
しかし既に廃業した店も多く、廃墟のような夜の街に強い場末感を覚える。






もちろん現在も営業している店も多い。
私は夜の柳川町に訪れたことは無いが、飲み歩きが好きな人は馴染みのある場所だろう。








ああ、たまんねえ・・。






北から南に下ってきて、ちょうどここはオリオン座の裏。
写真右手の建物がオリオン座だが、裏から見るとオリオン座も相当ボロイ(正面から見てもボロイが)






路地脇には「柳川町」と書かれた街路灯が吊るされ、細い通りながらも当時の興隆を偲ばせる。






通りを南下していき、高崎電気館ビルに突き当たった。






今でもここで映画を見られるのはとても素晴らしい限りだ。
参考:高崎電気館で映画鑑賞 | 群馬B級スポット






通りは高崎電気館でどん詰まりとなり、ここからは不規則的に歩く。






店の面構えこそ近代的に塗装され一見新しい建物に見えるが、裏を覗くとそのほとんどが木造の古い家屋だ。
木造建築の密集地帯、時代にはそぐわない町並みなのは間違いないだろう。






居酒屋。
おっとこれは・・。






居酒屋の正面に回ると、いわゆる乙種料理店ぽい姿が見られた。






散策を続けると、建物と建物の隙間の袋小路に、小さな飲み屋が数軒集まっている場所があった。
営業してるかしてないかは分からないが、この狭っ苦しさは嫌いじゃない。






少し場所を離れて「すき焼きの信田」に訪れた。
明治20年代から平成20年頃まで営業していた、明治大正の料亭の姿を残す重厚感のある店。
かつては歩兵十五連隊の将校御用達の料亭だったと言う。

参考:高崎アーカイブ - すき焼きの信田






この建築物、細かい箇所を見れば見るほど素晴らしい。
繊細でハイセンスな意匠の細かさは見ていて飽きがこない。






例えば塀の飾りに使っている穴の開いた緩い円弧のパーツ。
初めは何の部材か分からなかったが、同行者のたまごとじさんによると「水車の枠」らしい。
なるほど確かに水車の枠だ。センスがあるぜ。






複雑な格子模様のガラス窓なんかも、その部位ごとに全てガラス模様が異なっている。
お洒落に色ガラスなんかも使われている。






当時の大工はいい仕事しますわ。
ホント見てて飽きない。






裏手に回る。






すげえ建築だ。
まるで舞台セットのようだが、現実に残っている本物の建物だ。






そのまま付近を散策。
ここは床屋。
古い町並みが残り、下手な保存活動も行われていない分リアルだ。






こんな細い路地を歩いていると、隠れ家的な居酒屋があった。






いつか機会があったら入ってみたい。






と、そんなところで柳川町花街散策は終了とする。
当時の名残を探しながらの散策だったが、歴史の一片を味わえたのは良かったと思う。






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