2016年11月26日

産業遺産探訪「旧八百津発電所資料館」



岐阜県加茂郡八百津町、八百津(やおつ)発電所にやってきた。
これを見たいがゆえ、私は群馬か遥々やって来たのだ。

入館料の300円を支払いいざ入館!






うおおおおおおお!
すげええええええ!!!

ここ、八百津発電所は明治44年に竣工した歴史ある水力発電所。
昭和49年に運転休止となり、昭和53年から資料館として開放された。
私はインターネットで発電所の画像を見た瞬間惚れ込み、今日の訪問に至った。






最大出力3200kWの発電機が3台で、合計出力は9600kW。
木曽川の豊かな水を利用し造られた八百津発電所は、愛知方面の電力需要に応えるために山を越えて送電された。

発電所の竣工は明治44年だが、水車はケーシングの破損により大正13年に取り替えられ、発電機も大正13年に出力を7500kWから9600kWに増強するためコイルが巻き直されたという。






水車は横軸フランシス水車。
ケーシングはカタツムリのように渦を巻き、ここに水が流れる事により水車が回る。
生で見たのは初めて。






3台の内1台は展示用に半分解体され、各所に説明文が書かれている。
古い発電機は構造が単純なのでお勉強には持って来いだ。

世の中にはダムマニアが多いが、その殆どが構造物としてのダムマニアだろう。
しかし私は電気を生み出す発電機が好き。
なので水力発電所も、ダム式より断然水路式派だ。






この辺りは私の専門分野なので構造が全部分かる。
ハンドルを操作する事で調速機内の背圧弁が開き、圧油タンクの操作油がガイドベーンロッドに送られ、ガイドベーンの開閉を行っている。
見た限り負荷調整に水量による自動制御が組まれておらず、あくまで手動でガイドベーンを操作していたのだろう。

今は電気式の調速機が主流であり、写真のような機械式の調速機は殆んど見かけない。
国内で機械式の調速機を使っているのは数えるほどだろう。
古い発電所はメーカー側も技術の伝承をしてないから、現役の古い発電所はメンテも大変だ。






操作圧油は、なんと水車と連動したベルト駆動のポンプより作られていた。
では水車立ち上げの際に油圧を作るにはどうしたらよいか、と思ったら電動の予備圧油ポンプが近くにあった。

最新の技術では、油圧操作式に変わってハイブリッドサーボシステムが主流となってきている。 どんなものかというと、電動モーターにより最低限の圧油を都度作りガイドベーンやランナーベーンを開閉を行うものだ。 ハイブリットサーボシステムは油圧操作式に比べ応答速度が遅いが、コスト面で圧倒的に利がある。 まあ別に数秒を争う制御は必要としないし、構造や操作がシンプルになって良いだろう。 でもアナログメーターを見ながら手動で操作する感じも好きなんだよなぁ。






所内の配管図。
これだけの機械物には冷却水が重要で、軸受け各部には必ず冷却水が通っている。
碌な監視装置はないから、巡視点検者が各部の温度を数時間おきにチェックしていたのだろう。

またしても余談となるが、最新の技術ではスラスト軸受けやガイド軸受けにも冷却水が不要らしく、せいぜいポンプの封水に水を流す程度らしい。 昔はどこも24時間体制で監視をしていたが、今の時代はでっかいダムも無人なのだから寂しいものである。
いやはや時代は進化するものだ。






発電機や水車も然ることながら、明治44年製の建屋も歴史的価値のある文化財。
イギリス積みのレンガ造りの建屋に、外はモルタル仕上げ、内装は漆喰仕上げ。
純白の壁にアーチ型の窓が嵌めこまれ、昔の建築はお洒落だなぁとしみじみ思った。






天井はトラス構造に、屋根はなんと木張り。
長い歴史の中でスレートに変わらなかったのだろうか。






建屋を眺めていると天井クレーンに目が行った。
明治の時代にこんなもん作れるんだからすごい。






おいマジか、このクレーン、走行・横行・巻上・巻下、全てチェーンブロックだ!
20tクレーンを全て手動で操作とは、一つ吊り上げるだけで日が暮れちまいそうだ。






資料館は二階にも上がれる。
二階に行ってみよう。






おおおお!
すげえかっこいい!!!






この褪せた色合い、渋いな~。
いやホント実物を間近で見られるとは感動。






こんな感じで、構造がよく分かるようにケーシングは一部外され、発電機の回転子は固定子からずらされている。

ちなみに、今発電所内の発電機は3台だが、昔は予備機として同じのがもう1台あった。
そいつはどこにあるかというと、福井県の足羽発電所で現在も稼働中というから驚きである。






変電室跡。
機器の殆どは撤去されているが、母線と碍子が当時のまま残っている。






単相変圧器が3台展示されている。
容量は1台につき250kVAであり、どう見てもメインの送電用の変圧器ではないし、 所内動力用かと思いきや変圧比が6600V/3500Vで、いったい何用のトランスだろうか。






館長さんが教えてくれたが、天井も特殊な作りをしており文化的価値が高いと言う。 写真だと分かり難いが、天井がうねうねしており小さいアーチの連続となっている。 天井の構造としては大変貴重であり、発電機では無く建屋の建築を見に来る見学者も多いらしい。






水力発電なので発電には落差が必要となる。
取水は発電所から約10km上流から暗渠と開渠で引き入れ、これがまた大変な難工事だったという。 その辺の歴史もめちゃくちゃ面白いが、ここで書くには面倒だし誰も読まないだろうから割愛。

ちなみに暗渠を追ってく遊びもしたかったが、今は新しく出来たダムに沈んでしまったらしい。






在りし頃の八百津発電所。






二階から外を見ると、怪しい廃墟が見える。
あの廃墟も貴重な産業遺産。
名を「放水口発電所」と言う。






この放水口発電所の歴史も面白く、少しだけ紹介すると、
八百津発電所の放水口の対岸には船の発着場があり、MAXパワーで放水すると波で発着場が壊滅してしまう問題が計画途中で発覚した。 そのため急遽設計変更を行い放水口をL字に曲げ水流を抑えることにしたが、この時の有効落差が7メートル犠牲をなってしまった。 それからしばらく経った大正6年に、この放水口発電所を建設し無駄となっていた落差で1200kWもの発電を可能にしたという。






八百津発電所の歴史的価値が評価される要因の一つが放水口発電所の水車の構造だ。
水車を4輪連結して1つの軸を回すという独創的な設計と、海外の既存技術を元に国内の技師により極限の性能まで改良した点が他に類例が無く、貴重な産業遺産として評価されている。






さて、場所を変えて貯水槽へ。
発電所上流で水を溜めてる場所。
ここから水圧鉄管で水車に水が送られる。

当初は上流の川から直接取水する流込水路式だったが、丸山ダムの完成に伴い貯水池式に変更された。
やはりその辺の歴史も面白いが割愛。





館長さんに聞いた小話。

発電所を着工した名古屋電力株式会社は暗渠の工事やら大幅に足が出て資金繰りが間に合わず、完成直前に名古屋電燈に合併された。
しかしもう建屋は出来ていたため表札は「名古屋電力株式会社」のままであり、足場もないし簡単には直せず、そのままの名前となっている。

とまあそんな具合に、館長さんに面白い話を聞きながらみっちり3時間の見学を終えた私は、満足げに群馬に帰るのだった。
マジで面白いのでお勧めです。
この為だけに岐阜まで行く価値は大いにあります。






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