2016年09月24日

東吾妻町大戸小学校跡
発動機運転会に引き続き、次はたまごとじさんに廃校を案内してもらった。






東吾妻町の大戸小学校。
昭和49年に廃校となる。






校舎は木造2階、外壁は吹付け。
古い割には随分と立派な校舎だ。






ところで、婦人服と言えばなんでしょう?
答えはそう、東京スタイルだ。






一見なんのこっちゃだが、実は廃校になった大戸小学校は小川繊維(株)の吾妻工場として転用された。
しかし今ではそれも撤退し、現在は地域住民の公民館として大切に使用されている。
木造校舎に大きく書かれた活字はどうにも不似合であるが、これも校舎の持つ歴史、そのまま残すのも悪くない。






入口の看板には「車の乗り入れ禁止」とあったので、我々は徒歩でお邪魔させて頂きます。
中には入らないので窓から覗かせてください。

※写真は全て窓から覗いて撮ったものです。
管理されている建物なので余所者は入っちゃ駄目です。






繊維工場が入っていたというが当時の機械はほぼ全て撤去されたようで、中を覗くと小学校の教室がそのまま残っていた。






飾られている賞状は小学校時代のものではなく、公民館として使用されている現在のゲートボールなどスポーツ大会の賞状だった。
廃校だが内部が綺麗に掃除され、地元の方の出入りが結構あるようだ。






明治牛乳の長椅子、いつの時代の物か・・。






校舎と体育館の渡り廊下。
ああこの感覚懐かしい・・。






体育館の廊下を覗く。
木材は今でも艶があり綺麗な状態を保っていた。
出来る事なら侵入して木造建屋の空気を吸いたいです。






校舎裏へ。
ああああ、この感じも懐かしい・・!
校舎とも校庭とも違う、校舎裏の空気、小学校時代を思い出す。






校舎を覗く。
いやホント綺麗だな。
どうか長く地元の方に使われる事を、部外者ながら切に願う。






校舎内は一部物置としても使われ、祭りやイベントの道具が置かれている。

私の母校は鉄筋コンクリート製だが、木造の旧校舎も敷地脇に残っていた。
しかし数年前に旧校舎は解体されてしまったが、こういう風に地元民の為に取っておいてくれたら良かったのに。
まあ管理費やら補強の問題があって一筋縄じゃいかないだろうが・・。






廃校見学、とても良いものが見られました。
地元の皆さん、勝手にお邪魔しました、失礼しました。




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大戸小学校の近くにコンクリートのアーチ橋があると言うのでそちらも見学に。
ほうほうなるほどこれは立派だ。
南牧村なんかではよく見られるが、こっちの方では滅多にお目に掛かれない。






これどうやって作ってるんかなぁ。
すごい難しそう。(小学生並の感想)






国道整備により新しい橋が架けられ、こちらの橋は専ら地元民となっている。






名は「なるせばし」という。






どう見ても観光地じゃない場所で大人二人がカメラ持ってうろうろ、我ながら不審者です。
いやはやマニアックですなぁ。







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